大胆不敵な奥州の独眼竜

伊達 政宗


ここが萌える?
政宗関連のエピソードを紹介

コンプレックスを抱いた幼少時代
政宗の右目

政宗を支えた名家臣
伊達家の家臣達



◆政宗の右目

失った目の代わりに得たモノ


時は、1567年(永禄10年)。織田信長が美濃を攻略するなど、まさに戦乱の群雄割拠の時代。奥州の名門・伊達家十六代、輝宗の長男として、出羽の米沢城に、伊達政宗は生まれました。
幼名は梵天丸。政宗は、名門伊達家の後継ぎとして周囲の期待を一身に受けて育ちます。しかし5歳の時に天然痘を患ってしまいました。

政宗:何故、何故俺の右目は見えない!?何故、こんなにも醜いのだ…!

顔を中心に無数のブツブツとしたできものが出来るこの病は、当時治療法がなく、政宗は奇跡的に助かったものの右目を失明し、隻眼となってしまったのです。右目は飛び出し、酷く醜くなった容姿…見えない事へのコンプレックス。
この事から政宗は、元々の明るく奔放な性格から一転して内向的な性格になってしまいました。

政宗:こんな醜い姿だから、母上は俺を嫌うのだな…

右目の潰れた醜い容姿が、母・義姫に嫌われた原因だとも言われているから、幼い政宗の心の傷は計り知れないものがありました。しかし、そんな政宗はある時、大きな決断をします。
なんと政宗は、自らの飛び出した右目を、短刀でえぐりださせたというのです!!

小十郎:政宗様。私は、政宗様の右目となりましょう。

これは政宗の傅(もり)役・教育係であり、後に政宗の右腕・伊達軍の軍師となる片倉小十郎景綱が応じたとも、積極的にやったとも言われています。小十郎は、以後ずっと政宗のそばで、彼の右腕、右目となり支え続けました。

また政宗は、政宗の将来を心配した父・輝宗が招いた臨済宗の禅僧・虎哉宗乙の教えを受け、次期当主としての器を磨いていきます。政宗の右目のエピソードには諸説はありますが、宗乙が「政宗様の右目は、竜が欲しがり持っていったのだ。だからこれは名誉な事」と話し、政宗は前向きになる事が出来た、とも言われています。
後年、豊臣秀吉や徳川家康に「右目はどうしたのか?」と聞かれた際において、政宗は「木から落ちたとき、右目が出てきてしまったが、あまりに美味しそうだったので食べてしまった」と語ったそう。政宗の性格が見えてくるエピソードですよね。


こうして大胆不敵な武将へと成長した政宗には、こんな母との愛憎劇のエピソードもあります。
母・義姫は政宗の醜い容姿を嫌い、弟の小次郎を溺愛していました。政宗が家督を継いだ事により、母の憎しみは一層政宗に向けられます。それは、小田原に政宗が出発する前日の事。
政宗は母に食事に招かれますが、政宗の膳を膳番が毒見したところ何と、膳番は血を吐いて倒れてしまいました。

政宗:……母、上…。

政宗は直ちに帰って弟小次郎を呼びよせ、これを斬りました。一説には母がかねがね伊達家の家督を小次郎に継がせたがっており、すでに秀吉の怒りにふれた政宗を毒殺し、弟小次郎を立て伊達家の安泰をはかろうとした母の政宗毒殺計画。その黒幕は母の実家最上氏であったともいい、領国を留守にするにあたって政宗が打った大芝居だともいわれています。 政宗と母・義姫の仲は険悪で、幼い頃に政宗が受けた傷ははかり知れません。
しかし晩年、義姫と政宗が手紙のやり取りをしていた記録や、行き場を亡くした母を政宗が快く迎え入れたという話もあり、政宗は母と和解したようです。こうして幼いころのコンプレックスを乗り越え、母の憎しみも乗り越えた政宗は、胆の据わった大胆不敵な武将へと成長していったのでした。







◆伊達家の家臣達

政宗を支え仕えた名家臣


政宗18歳で伊達家を継ぐと同時に、家臣達も一新されました。政宗の教育係として抜擢された片倉小十郎は、文武に優れた政宗よりも10歳年長の男でした。

小十郎:政宗様、この片倉小十郎、どこまでも政宗様のおそばに。

右目をえぐりだしたエピソードからも分かるように、小十郎と政宗の絆は非常に強かったそう。小十郎はその後も政宗を支え続け、数々の合戦で政宗の右手・右目として活躍しました。
秀吉の小田原攻めの際に「遅れてでも参戦すべきです」と進言したのも小十郎だと言われています。小十郎の本名は片倉景綱。"小十郎"という名は通称で、以後片倉家に代々受け継がれていく名前となりました。
また、小十郎と並び"伊達三傑"と呼ばれた名家臣として名高いのは、政宗の父の従兄弟である伊達成実と、鬼庭綱元です。伊達成実は勇猛で情に厚く、小十郎と並び"伊達の双璧"と呼ばれ、伊達家にとって重要な戦で活躍を見せました。鬼庭綱元は合戦での活躍はもちろんのこと、伊達家の行政面も仕切った優秀な武将。綱元の父は、人取橋の合戦で政宗を守って討ち死にしている事から、政宗からの信頼も厚かったそうです。有能な家臣達に支えられ、政宗はその才能を開花させ、天下を狙う独眼竜として、歴史の表舞台へと名を上げていったのでした。



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