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己が信念を貫いた忠義の将

石田 三成

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佐和山城跡

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三成が城主を務めた佐和山城の遺構がわずかに残る…



■佐和山城跡
龍潭寺から本丸跡まで
徒歩約20〜30分

▼佐和山城・本丸跡

「三成に過ぎたるもの二つあり、島の左近と佐和山の城」と落首にうたわれた佐和山城の跡。関ヶ原で三成が敗れた後、跡形もなく破壊されてしまった。関が原の合戦を偲びつつ佐和山城跡に登り、三成に想いを馳せて見ては…?本丸跡から眼下に琵琶湖と彦根城、彦根の景色を望めば、きっとアナタも三成が描いた「泰平の世」を想う事が出来るはず!


ハイキングコースだけど、女の子にはかなりハードな山道…!


往時はここに五層の天守が築かれていた


本丸跡は広場のようになっていて紅葉も綺麗です

関ヶ原合戦が東軍の勝利に終わると、佐和山城は寝返った小早川秀秋・朽木元綱・脇坂安治ら西軍寝返り組の攻撃を受けることとなります。留守を預かる城の守備隊は三成の父・石田正継。彼は石田一族だけで城を死守することと決め(三成の指示だったという説も)その他の家臣をことごとく帰郷させようとしますが、それでもなんと3千人あまりが城と運命を共にするべく残ったと伝えられています。佐和山城は、三成を慕う人の拠所だったのではないでしょうか。だからこそ、徹底的に破壊された…。しかし、そう考えると「嫌われ者の石田三成」という三成像に違った一面が見いだせるのではないでしょうか。


この眺めを、三成も見ていたのでしょうね





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