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長曾我部 元親

ゆかりの地探索コース
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秦神社〜浦戸城跡

おすすめガイド

元親ゆかりの神社や、天守跡の残る城跡を巡ろう!!


▼秦神社

アクセス
雪蹊寺東隣。高知県交通バス長浜・春野役場方面・春野役場行 "雪蹊寺"下車
[ MAP ]
拝観料・時間
無料 / 常時開放

明治初年、廃仏毀釈により、雪蹊寺が一時廃寺になったため、この秦神社が元親の菩提を弔っていたそう。雪蹊寺に安置されていた元親の木像や戸次川合戦戦死者の霊板などを御神体として創建された神社。"秦"の名は、長宗我部氏の先祖が"秦"姓であったことに由来するもので、この神社の社宝とされている「絹本著色長宗我部元親画像」は、国の重要文化財に指定されており、現代に伝わる唯一の元親の肖像画です。(現在は高知県立歴史民俗資料館蔵)。



■高知・桂浜

▼浦戸城跡

アクセス
高知県交通バス桂浜行きで30分"桂浜"下車 徒歩5分 竜馬歴史館前
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入館料・時間
無料 / 境内自由
電話
088-842-0081(桂浜観光案内所)

天正19年(1591年)本丸に五間四方の天守閣を設け、二の丸、三の丸、出丸を構えるなど大修築を施して、元親が入城。岡豊城から移り住んだ末子盛親のとき、関ヶ原の合戦で敗れ、除封。長宗我部氏に替わって、山内一豊が浦戸城に入城し、2年後の慶長8年には近世城郭である高知城に移ると、浦戸城は廃城になりました。天守跡の斜面には石垣の名残りと思われる石が露出していて、かなり破壊されていますが、今も天守台の一部が残っています。


わずかに残る石垣

浦戸城跡に向かう途中、海岸沿いに建つ石丸神社。ここは、関ケ原合戦後居城の浦戸城を明け渡すように申しつけられた際、長曾我部の一領具足たちが「せめて土佐の一郡でも残してほしい」と、浦戸城に立てこもったという、浦戸一揆において、その戦いに敗れた一領具足たち273人の魂を鎮めようとして建てられた神社です。石丸神社には一領具足供養の碑があるので、浦戸城跡を訪れる際にはコチラにも足を運んでみては?


一領具足供養の碑





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